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複雑な病態「悪液質」の概要。病態・診断基準・治療について考えてみた。

臨床で栄養に向き合っていると、いわゆる通常の飢餓・低栄養とは思えない経過をたどる患者が時々います。

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なかなか食事摂取量が伸びてこない、ちゃんと食べているにも関わらず体重増加や栄養状態が改善してこないなど、、、。そんな患者に心当たりがありませんか??つい最近もそんな患者様を担当する機会がありました。


もしかしたら悪液質!?と思って、悪液質について調べてみました。「悪液質」という病態は知ってはいたのですが、なんだか内容が複雑そうで少し遠ざけていたところなので、今回改めて勉強してみたので参考にしてください。

悪液質の定義

悪液質(Cachexia)といえば、がんによるものがすぐに思い浮かぶ方が多いかもしれません。がん悪液質という言葉もあるくらいですから。


確かにがんによって悪液質にいたる場合もありますが、悪液質の原因疾患はそれだけではありません。関節リウマチ、心不全、慢性閉塞性肺疾患、腎不全、AIDsなどの疾患が挙げられています。


具体的な悪液質に関する定義もいくつか紹介します。古いものから紹介しますが、新しいものになるにつれてシンプルになっていっています。


2006年にCachexia Consensus Working Groupで提唱された定義では


「悪液質は基礎疾患に関連して生じる複雑な代謝性の症候群であり、骨格筋の減少を特徴とする。臨床的に特徴的にみられるのは、成人では体重減少、小児では成長障害である。食欲低下、炎症、インスリン抵抗性、筋蛋白質崩壊が、消耗性疾患に関連して効率に生じる。うつ状態、栄養吸収障害、甲状腺機能亢進症は除く。」


んー、分かりにくい!次の定義は比較的シンプルです。


2011年のコンセンサスミーティングで提唱された定義では

従来の栄養サポートにより改善することが困難であり、脂肪組織の減少の有無にかかわらず進行性の機能障害を引き起こす著しい筋組織減少を特徴とした複合的病態」


先ほどの定義よりはイメージしやすい定義になっていますね。この定義からも、悪液質に対しては従来の対応だけでは不十分だということが分かります。

診断基準


定義はなんとなく分かったような分からないような感じでしょうか。では何をもって悪液質と判断するのか、診断基準を紹介します。


がん悪液質と、がんに関わらずすべての原因疾患による悪液質の診断基準を紹介します。


まずはがん悪液質の診断基準から。がん悪液質は、前悪液質、悪液質、不応性悪液質の3段階のステージに分けられており、ステージ別に診断基準が設けられています。


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できれば前悪液質の段階で適切なアプローチを行って、進行をとめたいところですね。不応性悪液質まで進行してしまうと根本的な改善は困難といわれています。


次にがんを含むすべての原因疾患による悪液質の診断基準です。

必要条件
①悪液質の原因疾患の存在(関節リウマチ、心不全、慢性閉塞性肺疾患、腎不全など)
②12カ月で5%以上の体重減少 OR BMI20未満

さらに以下の5つのうち3つ以上に該当した場合に悪液質と診断
①筋力低下
②疲労
③食欲不振
④除脂肪指数(筋肉量)の低下
⑤検査値以上(CRP>0.5mg/dl、Hb<12.0g/dl、Alb<3.2g/dl)


セラピストも検査値を日ごろからチェックする必要がありますね。




病態


悪液質の病態は、まだまだ不明な部分が多いですが、最近の研究では腫瘍が分泌する各種因子や炎症性サイトカインが代謝異常を引き起こしていると考えられています。


腫瘍・慢性疾患と宿主との相互作用で生じる複雑な多因子性病態で、その本態は全身性慢性炎症であるといえます。つまり、腫瘍が分泌する各種因子や炎症性サイトカインが脂肪・筋骨格・肝臓・視床下部・副腎などの全身に影響を与えて、複雑な代謝異常をもたらしていると考えられているんです。


では、腫瘍が分泌する各種因子や炎症性サイトカインがどのように全身に影響するかをまとめていきます。

慢性炎症と食欲低下


食欲低下は悪液質の典型的な症状の一つです。悪液質の患者が食べられない背景には、通常の飢餓状態とは異なったメカニズムがあります。


食欲・摂食の調整は視床下部・下垂体・副腎系の役割が大きいとされています。また脳腸相関も最近は科学的に証明されてきています。


悪液質では、慢性炎症から視床下部での炎症性サイトカインの発現が促進され、食欲を促進するニューロン(NPY/AgRPニューロン)が不活性化され食欲が低下します。


逆に、食欲を抑制するニューロン(POMC/CARTニューロン)を活性化することで、食欲を過剰に抑制してしまい、食欲低下を引き起こします。


またレプチンという脂肪組織から分泌される物質も食欲に影響しています。


レプチンは脂肪組織から分泌されるので、脂肪量が多いとそれに応じて多く分泌されます。レプチンは視床下部にあるニューロンに作用して食欲抑制に働きます。レプチンが多い⇒体にたくさんの脂肪がある⇒食欲を減らして体重を落とそう!と体が勝手に反応するわけですね。


がん患者でも健常者と同じように体重減少・脂肪量減少によりレプチンが低下します。が、腫瘍が分泌する物質がレプチンと同様の作用を視床下部に伝えてしまいます。なので、本来であれば脂肪量が少ないと判断されるところを、誤って体内に十分な脂肪量が蓄積されていると判断されてしまい、食欲抑制が引き起こされてしまいます。

慢性炎症とエネルギー消費量の変化


悪液質による体重減少には、食欲低下によるものだけではなくエネルギー消費量の亢進も影響しているといわれています。


がん細胞は、嫌気性解糖系という方法でエネルギーを産生します。この方法でエネルギーを産生すると、同時に乳酸も多量に産生されてしまいます。この多量に産生された乳酸を、肝臓のコリ回路で再びブドウ糖に変換するにはより多くのエネルギーが必要となってしまい、通常の消費量に比べ300kcal/日増えてしまいます。


ただでさえ、食事も十分にとれず摂取カロリーが不足している患者にとって、この余分な300kcalの消費が余計に体重減少を助長しているといえるのです。




治療戦略①栄養療法


すでに書いたように、悪液質は前悪液質・悪液質・不応性悪液質の3段階に分けられること。そして、従来の栄養療法では改善が難しいことを踏まえて、悪液質に対する栄養療法をまとめていきます。


まず、前悪液質の段階。基本的に悪液質は進行するほど改善が難しい病態なので、この前悪液質の段階で病態に気づくことが非常に重要だといえます。


前悪液質の基準を満たすようであれば、この段階では通常の栄養サポートにより、これ以上栄養状態の悪化を防ぐことが重要です。食事摂取量の増加が得られない患者には積極的に経口補助食品を使用して、なるべく経口からの栄養確保につとめます。


次に悪液質。現段階では、単独で明らかに有用とされるものは少ないとされていますが、分岐鎖アミノ酸(BCAA)配合の栄養補助食品は、食欲不振を引き起こす物質(5-HT)の作用を低下させることで食欲の改善が期待されること、筋組織の維持にも効果があるとされています。


また、エイコサペンタエン酸(EPA)は、抗炎症療法として使用されます。腫瘍から分泌される各種因子や炎症性サイトカインの産生を抑制し、骨格筋・脂肪の分解の抑制が期待できるとされています。


最後に不応性悪液質。このステージでは、体重減少を回復させることは困難な段階と考えられています。栄養状態の改善のため、経腸栄養や静脈栄養を選択してしまいそうですが、この段階では著しい異化の亢進により、体内で栄養を有効利用することが困難になっています。


また、代謝上の負荷となることも危惧されており、生体に対して人工的な栄養療法が有害となることも考慮しておかなければなりません。特に静脈栄養では過度の輸液による浮腫・胸腹水の増悪が起こる可能性もあり、一時的な体重増加が浮腫によってもたらされることもあるのでフィジカルアセスメントが必要です。


不応性悪液質の段階の栄養サポートは、食欲の刺激や嘔吐あるいは食事に関する種々の障害への対応が中心となる、緩和的なサポートが必要です。

治療戦略②運動療法


持久性トレーニング・レジスタンストレーニングなどの運動療法には、抗炎症生サイトカインの分泌が増加する作用があります。抗炎症性サイトカインの増加が炎症性サイトカインと拮抗し、骨格筋の分解を抑制することが期待できます。

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また運動で男性ホルモン(テストステロン)の分泌が増加することで骨格筋合成も期待できます。


ただし、運動を行うことで消費エネルギーが増えるため。その分のエネルギー量も踏まえた食事療法が必要になります。また不応性悪液質まで進行した場合は、運動療法は禁忌とされています。

治療戦略③薬物療法


コルチコステロイドなどのサイトカイン抑制剤が悪液質の身体症状の緩和の目的で使用されます。強力な抗炎症薬で、体重やQOLの維持に効果があるとされています。ただ、長期の使用で副作用が発現するので、使用期間は限定的にすることが推奨されています。


消化管運動改善薬も推奨されています。漢方でも六君子湯なども推奨されています。


薬物療法も、なかなかこれが有効!とまで言い切るだけのエビデンスはそろっていないような印象です。徐々に悪液質自体の病態の解明が進んできているようなので、今後有効な新薬の開発に期待したいです。

まとめ

悪液質の病態は非常に複雑なので、治療も多面的なものが求められます。上に挙げた、栄養療法・運動療法・薬物療法をそれぞれ組み合わせながら、他職種でチームとしてアプローチすることが重要となりそうです。


そして、重要なことは前悪液質の段階で発見し、適切なアプローチを行うことで、悪液質の進行を予防・遅らせることです。そのためには、日々の食事の状況、患者さまに対する問診・フィジカルアセスメントなど、しっかりと情報収集することで、悪液質の早期発見・進行予防につながると思います。


本日も最後までお付き合いありがとうございました。