リハスタ

   理学療法士による知っとくとためになる情報発信

運動イメージが運動学習に有効。概要と評価、治療への応用まで。

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脳科学の進歩により、運動イメージがリハビリテーション分野で再び(?)脚光を浴びていますね。


本日は、日常的にもよく使う運動イメージについて、改めて整理してみました。


抽象的な言葉なので、使いやすいですが、しっかりとその背景も踏まえて理解しなおしたいと思います。

運動イメージがトピック

運動イメージに関する話題が、今リハビリテーションの重要なトピックになっていますね。


運動イメージとリハビリの組み合わせ自体は目新しいものではないです。ではなぜ今、運動イメージが再び脚光を浴びているのか?


それは、「運動をイメージすることで、大脳皮質一次運動野などの運動出力に関わる脳領域に活動が見られる」という発見があったかからですね。


実際に体を動かさなくでも、運動をイメージするだけで、実際に運動しているときと同じ脳活動が得られるということです。


さらに、実際の運動ではFittsの法則、つまりスピードと正確性のトレードオフの関係性がありますが、運動イメージでもそれが成り立つという研究結果が出ています。


具体的には、極端に細い廊下を10m歩くときと、広い廊下を10m歩くときの運動をイメージすると、極端に細い廊下を歩くイメージをした方が歩き終わるまでに時間がかかると予測するそうです。


正確性が求められるので歩行スピードが低下するということが、運動イメージの中でも成り立つんですね。このことから、運動イメージが実際の運動の一側面を忠実に反映しているといえます。


では、運動のイメージと実行に、共通の脳システムが関与しているのであれば、患者が正しい運動イメージを想起することが、運動の実行に関わる脳内システムを賦活し、運動スキルの再学習に繋がる可能性が期待できますよね。




運動イメージの定義

イメージとは記憶の再生のことを示し、ワーキングメモリが利用されると言われています。


Farahによると、運動イメージとは「ワーキングメモリ(認知過程)によって再生される身体運動を伴わない心的な運動の表像」と定義されています。


Jeannerodらによると、「運動の準備をしながらも実際の運動を行わない内的過程」と定義しています。


つまり、運動イメージは運動の準備や実行と同等の脳活動を引き起こしていると言えますね。

運動イメージの種類

運動イメージには、運動感覚イメージと視覚イメージの2つの種類があると言われています。


まず運動感覚イメージ。別名で一人称的イメージとも言います。


運動のイメージをする際に、自分の視点で運動を行っているイメージがこれにあたります。例えば、右手でスマホを持っているイメージ。下のようなイメージであれば運動イメージです。
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次に視覚イメージ。これは別名、三人称的イメージとも言います。


このイメージは、運動している人物をカメラで撮っているように、客観的な視点でイメージする方法を言います。同じく右手でスマホを持っているイメージ。下は視覚イメージになります。
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では、この2つの運動イメージで何が異なってくるかが大事になってきますね。


結論から言うと、運動感覚イメージ(一人称的イメージ)のほうが大脳皮質の運動関連領域の活動を高めることや、皮質脊髄路の興奮性を高める効果が認められやすいと言われています。


最近は、両方併用すべきともいわれていますが。


運動感覚イメージで活性化が見られる運動関連領域は、一次運動野、補足運動野、腹側運動前野、背側運動前野との報告が多いです。


視覚イメージの場合は、後頭葉と楔前部を含む視覚経路上で活性化が認められたとの報告があります。


ただ、加齢により視覚イメージが優位になりやすいとの報告もあり、実際に患者がどちらのイメージで運動イメージを行っているのか確認する必要があります。評価方法については、次で説明します。

運動イメージの評価

運動イメージにも2つの種類があること、しかも運動感覚イメージの方が治療として有効性が高いと言われている。


そもそも目の前の患者が適切に運動をイメージできているのか。運動イメージの能力を評価する必要があります。


臨床で使用できるものとしては、①質問紙、②メンタルクロノメトリーが使いやすいと思っています。


まず質問紙。


いくつか種類があります。スポーツ分野で活用されている質問紙もありますが、リハビリテーション分野での活用が多いのがKVIQとMIQ-RSです。


KVIQは10項目の運動を、それぞれ運動感覚・視覚イメージで行ったときに、イメージの明瞭度を5段階で評価する方法です。たとえば、頸部の屈曲、肩関節屈曲、母指と多指の対立など、各関節の運動に特化しています。


印象としては、評価を取り終えるまでにかなりの時間がかかりますし、認知機能が保たれている患者でなければ評価自体の妥当性に欠けると思われます。短縮バージョンとして、各5項目ずつのバージョンもあるみたいです。


MIQ-RSは、KVIQとは少し異なり、ドアを押す、グラスをつかむ、おじぎをするなどの日常的な動作をイメージすることが特徴となっています。


おそらく日本語版も作成されているとは思うのですが、検索してもうまく見つけることができませんでした。ぜひ見つけられた方はご一報を。


次にメンタルクロノメトリー。よくTUGが用いられていますね。


事前に課題内容(TUG)を説明。まずこの課題を終えるまでにかかるであろう時間をイメージ・予測して答えてもらう。その後、実際に課題を行う。


予測と実測のタイムの差が少ないほど運動イメージ能力が高いと判断できます。私が知る限りではカットオフ値等は見当たりません。


これらを使って、対象患者の運動イメージ能力を評価、かつ運動感覚・視覚感覚イメージの程度も把握できます。




治療への応用

脳卒中患者でも運動イメージとそれに伴う運動関連領域の活性化は保たれていると報告されています。


また健常者と脳卒中患者で、実際の運動、受動運動、運動イメージ、運動観察それぞれの実施中の脳活動を比較した研究があります。


健常者では、実際の運動の神経活動に最も近かったのは、受動運動でした。脳卒中患者では、実際の運動に最も近い活動が得られたのは、運動イメージだったとの報告があります。


この報告を見ると、脳卒中患者では、運動感覚システムの活性化には運動イメージが適していると言えますよね。


次に脳卒中患者の上肢と下肢に分けて考えてみます。


下肢は主に姿勢制御に関係することが多いため、皮質活動を介した運動制御の役割が少ないと言えます。そのため、理論的には皮質活動で主に作用する運動イメージの下肢機能への効果はあまり期待できないとされています。


逆に上肢は皮質活動による運動が多いので、運動イメージによる機能回復が期待しやすいと言えますね。

個人的な臨床

私はPTなので、下肢や立位・歩行などで運動イメージを使う頻度が多いです。


例えば背屈運動の学習。まずは非麻痺側で背屈運動を繰り返して、その際の運動感覚を覚えてもらう。次に麻痺肢で行う運動イメージ。実際に麻痺側で行ってみる、の流れはとりあえず行ってみますね。


背屈に関しては運動と運動イメージの併用が効果が大きかったとの報告がされていますし。


患者によっては、目的(前脛骨筋)の場所と全然異なる場所に力を入れていた、という反応が割と多いです。とにかくがむしゃらに漠然と力を入れている、というような患者が割といます。


漠然とした運動ではなく、まず本来正常である非麻痺側の運動をしっかりと認識してもらったあと、どこに力をどのように入れているのか。その運動イメージを麻痺側で再現してもらうような関わり方もアプローチの1つかと。


動作レベルでは起立の際に、臀部圧が徐々に減って足底圧が徐々に高まる感覚を非麻痺側でしっかりと認識してもらったあとに、患側でその運動イメージを行ってもらい、その後実際に動作を行ってもらうなどです。


実際に、麻痺側で行ったときに誤差があれば患者自身に内省、それを言語化してもらい、さらに修正して誤差学習を進めて行く。こんな流れも結構多いです。


個人的には、なるべく患者に触らずに、患者自身で考え試行錯誤してできた!という報酬を与えることが、自主練習の定着、意欲の面でも大事かなと思っています。


まだまだ、運動イメージの効果はRCTなどのエビデンスレベルの高い研究自体が多いとは言えませんが、今後もこの分野への期待が高まりそうです。